倉本聰 界隈

メディア情報 2025.12.05

【12月10日】RSK山陽放送で「地域スペシャルメッセージ 岡山への疎開 倉本聰と戦争 …そしてドラマへ」が放送されます

今夏8月17日にHBC北海道放送で放送された、北海道fact「倉本聰と戦争…そしてドラマへ」がRSK山陽放送(岡山県・香川県)でも放送されることになりました。

 

番組タイトルは『地域スペシャルメッセージ 岡山への疎開 倉本聰と戦争 …そしてドラマへ』となります。

ぜひ、ご視聴ください。

 

特に今回の放送では、TVerで12月11日より、1月29日までの期間、ネットで無料視聴できますので、皆様どうぞご活用ください。

 

尚、このドキュメントで描かれる倉本先生の家族が戦時中岡山へ疎開した際に、金光町の一軒の「廃屋」で暮らしたことは、そこでの暮らしが「北の国から」の最初に、純や螢が富良野の「廃屋」から初めた暮らしの原点になったという、古くからの「北の国から」ファンの間ではよく知られた事実があります。

 

縁故疎開で父の郷里・岡山にやって来た倉本先生の一家が暮らした金光町の家は、昔の庄屋の廃墟らしく、土間から見上げた天井の高さが印象的だったそうです。

 

今回のドキュメントでは、昭和21年に東京に戻った倉本少年一家のあと、その一軒家の持ち主になった方の息子さんが、現在の持ち主として紹介されます。

その方が、倉本先生が、戦時中暮らした家が、今も「そのまま」のカタチで残っていると、ちょっと誤解を招く紹介のされ方をしていると、倉本先生から指摘がありました。

確かに戦後生れの息子さんの若い世代は、まだ生まれてもいなかったので、倉本先生一家が暮らし始めた「北の国から」で純と螢が絶望的に見上げる「廃屋」と同じ姿であったことは、知る由もないことでしょう。

 

この「廃屋」で暮らした1年間の記憶を大切にし、エッセイなどでも度々書き記している倉本先生には、とても大事なことです。「北の国から」の根っこに関わる、本当に大切な箇所です。

 

僕は廃屋に住んだことがある。
 昭和二十年春三月。
戦禍の東京を一家で逃れて岡山県の山奥の廃屋に僕らはその年住むことになった。当時僕は小学校四年生。「北の国から」のドラマの主人公、少年純と同年であった。戦時下とはいえ恵まれた都会のいわば知的な生活の中から突然全てを己でせねばならぬ廃屋の暮らしに放り込まれた時、僕が何を感じどう順応していったか。
 「北の国から」はいわばその頃の僕自身の心情に端を発している。

※1982年1月5日(火)北海道新聞 夕刊 学芸欄 (連続ドラマ放送中の寄稿文です)「北の国から 愛をこめて」倉本 聰  より

 

この箇所の描き方以外のドキュメントは、とても良い内容です。倉本先生からの注意をもとに、是非じっくりご覧ください。

 

※現在の家の持ち主も、はっきりと昔の家が「そのまま」残っていると明言しているわけではなく、前後のナレーションと結び付き、多くの方が誤解してしまったということのようです。


RSK山陽放送
地域スペシャルメッセージ「岡山への疎開 倉本聰と戦争 …そしてドラマへ」
放送日/2025年12月10日(水)

午後8時00分~8時55分

 

 

6月16日に倉本先生にインタビューさせていただき、その証言をベースに、ゆかりの地を取材しました。

東京取材では、信濃町教会や教会の関係者──。

そして、山形・上山温泉への学童疎開関連で、倉本先生の担任だった柴田秀雄さんが残した「疎開日誌」を──。
また岡山で出会い、のちに『北の国から』の北村草太につながった件では、草太兄ちゃんを演じた岩城滉一さんにもインタビューしています。


<再放送>
12月14日(日)深夜2時5分〜深夜3時

<TVer>
2025年12月11日(木)12:00 ~ 2026年1月29日(木)12:00

<RSK山陽放送トップページ>
https://www.rsk.co.jp/

<番組紹介|RSK山陽放送>
https://www.rsk.co.jp/tv/message/

 

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